斎藤義重 SAITO Yoshishige

1920年の亡命画家ダヴィード・ブルリューク、ヴィクトル・パリモフの展覧会を見て、衝撃を受け、大正期の新興芸術に関心を寄せるようになる。1960年代からはドリルを使って、画面を掘り込む平面作品を制作するようになり、さらに「クレーン」、「ペンチ」シリーズなど、合板にラッカーを塗った明快な作品を展開。1980年代に入ると、立体と平面にわたる「反対称」、「反比例」のシリーズを開始。1980年代末からは黒い木を連結したインスタレーションである「複合体」シリーズがはじまり、平面、立体の区別なく空間を構成した作品を発表した。

 

 

タイトル : 「WORK」
1963
油彩 合板
サイズ : 18.9cm×25cm

略歴

1904年
東京に生まれる。

1933年
東郷青児や阿部金剛が主催する「アヴァンガルド洋画研究所」に入り、桂ユキ子を知る。

1936年
第23回二科展に初入選する。
第14回黒色洋画展に出品。

1938年
山本敬輔、高橋らと絶対象派協会を結成。
二科会内の前衛的な傾向の作家によって結成された九室会に会員として参加。

1939年
美術文化協会が結成され、九室会を退く。

1953年
美術文化協会を退く。

1957年
第4回日本国際美術展で「鬼」がK氏賞を受賞

1958年
滝口修造の紹介で東京画廊で最初の個展を開催。

1959年
第5回日本国際美術展に出品した「青の跡」が国立近代美術館賞を受賞。
第5回サンパウロ・ビエンナーレに出品

1960年
第4回現代日本美術展に出品した「作品R」が最優秀賞を受賞。
第30回ヴェネツィア・ビエンナーレに出品。

1961年
第5回サンパウロ・ビエンナーレに出品し、国際絵画賞を受賞。

1964年
多摩美術大学の教授になる。(1973年に退職)

1978年
東京国立近代美術館において「斎藤義重展」が開催。

1984年
東京都美術館、栃木県立美術館、兵庫県立美術館、大原美術館、福井県立美術館を巡回した「斎藤義重展」を開催。

1985年
実験的制作活動のよる現代美術への貢献が評価され、昭和59年度朝日賞を受賞。

1993年
「斎藤義重による斎藤義重展 時空の木 -Time・Space・Wood」が横浜美術館と徳島県立近代美術館にて開催。

1999年
神奈川県立近代美術館において「斎藤義重展」が開催。

2001年
心不全のため、逝去